甘い麦茶

きり絵のハロウィン
ワタシも挑戦したかった!

先日 子供の頃よく飲んでいた甘い麦茶(運動会やお弁当の水筒の中身の定番)
を突然飲みたくなり朝から煮出す。
その日は家での個人レッスンだったので、いらっしゃったHさんと麦茶タイム。
甘い麦茶、結構お砂糖入れないと甘くないのですね・・・・・。
でも、ほっこり気分になれました◎

そして今朝も「麦茶!」と思い立ち、朝5時半から麦茶を煮出し保温ボトルに入れて
電車にゆられ、午前クラスに持参。ハロウィンと麦茶、まったく関連性がないけれど
甘くない麦茶とチョコでレッスン後にお茶タイム♪

曼荼羅

ラインダンス兎
久しぶりに宝塚観劇へ。
当日券のチケットで、最後尾席の立ち見鑑賞。
ワタシが好きだった頃の(すでに過去形)メンバーが変わってから、初めて。
舞台を見ながら、人は変化していくんだなぁ~としみじみ思う。
そして、スポットライトや照明が舞台上に水面のように映ってそれを眺められた
ことが今回のヒット◎舞台をより立体的に捉えられて、それも面白かった♪
最前列で鑑賞しようが、最後尾席で鑑賞しようが、見ているものは自分次第。
毎回 舞台を見る度に新たな発見があったけど、今回は影の部分にワタシは
注目してみることが出来て、影があるから光がより耀いて見える・・・・
その光の眩さは影が濃ければ濃いほど輝く法則。
立体的な曼荼羅のように舞台を見られたから、そろそろ卒業かしら。

自分と向合う

本日のお弁当♪
ごぼうの炊き込みご飯+南瓜煮+プルーン
緑色の物がなくて残念。
癒し系のお仕事に興味があるということで、先日ある音楽プロデューサーの
方とお話しする機会がありました。
その中で、「たくさんの人が占いに行くのは、自分と向合いたいから」という
ようなことをおっしゃっていまししたが、ワタシとYOGA友の間では逆の発想で
「自分と向合いたくないから、占いに行くんじゃないか」となります。
責任を自分以外に向けたいから、占いや他の諸々に行く・・・・・。
自分に向合う作業は、時には辛く苦しく本当に逃げ出したくなることの連続です。
ワタシもかつて国内外で様々なセラピーを受けてきました。
びっくりするほど自分の嫌な面が出てきたり、人からしてもらったことの数えきれ
ないほどの恩恵をすっかり忘れていたり、それでも受け入れられなかったり・・・、
自分が分からなくなることも多々ありました。
今現在はかつての自分と比べると、客観的な見方が少しだけマシになってきた
かなぁ~と思います。本当にかつてのワタシは酷かったですから(涙)。

この「自分と向合う」がずーっと引っかかって、昨日も友達とこれをテーマ!?話し
をしたくらいです。でも何故この言葉に引っかかっていたのか、今朝 日記を書い
ていて「!」と分かったのです。
ワタシは趣味で書道を習っています。YOGAという生き方を実践するために、「道」
のつくものが何かやりたくて始めました。上手い下手とかじゃなくて、今の自分自身
が書にそのまま反映されてしまう、隠しようもないほどに。
11月に師範の試験を受けるつもりで準備をしてきましたが、先週あたまからずっと
書けば書くほどわからなくなり完全に自分を見失っていました。週末、先生のところ
で他の人の作品を目の当たりにし、更に凹む悪循環。同じ字を同じ紙・同じ墨・同じ
筆で書いても十人十色、その人が表れます。
師範を取ることを焦っていたわけでもないのですが、少しづつ欲が出てきたのか、
形に捕らわれ、かすれに捕らわれ、うわべだけの書道になっていて、書いていても
楽しくもなければやっつけ仕事のようにただ書くだけ、そんな半月になっていました。
自分を完全に見失い、目的と手段をはき違え、なによりも自分と向合うことから目を
そらしていました。悲しいかな、そのことに気付いたのは今朝でした。
必然にも(この世に偶然はないので!)、書道の大先輩であり人生の大先輩である
方から、いっときじっくりと書と向合うことの大切さが今後どれだけ大切か!という事
と、より実践的な書のアドバイスをメールでもらい有難くちょうだいしました。

これから「自分と向合う時間の書道」タイムです。
でも、大丈夫たぶん。

名言

本日の名言

疑いは裏切り者だ。やってみることに恐れを抱かせ、手に入るかもしれない
ものまで失わせてしまう。
                            シェイクスピア

瞑想

美しい写真と心に響く文章
今、読んでいる本「親鸞」もお薦めです☆

瞑想 個人レッスンの感想(L様 女性)

自分でも普段から意識して生きているつもりだったけど、エリちゃんの誘導に
従ってカラダを動かすと、自分だけでは気づけなかった部分に手が届いたと
いうか、これまで手放せずにいた事柄をまたひとつ手放せたようで、とても軽く
なりました。知らず知らず追いやっていた自分のクセに光があたり、ものごとの
捉えかたをまたひとつ広げられたような気がします。ありがとうございました。


↑ 先日の満月・月食の日に一緒に瞑想したLさん。
瞑想もヨーガも呼吸法もどれもそうですが、当日その人と会って話してその人
にそのとき必要としている内容のレッスンをしていきます。
この日も、なんとなくこんなことやろうかなぁ~とあらかじめ考えてはいましたが、
結局はまったく違う内容になりました。
座りやすくするために、余計なカラダの力を抜くために、カラダを少しだけ動かし
て始めるのがワタシのパターンです。
Lさんとの瞑想により、私自身も「完全なる信頼」また「土着」が出来ていなかった
ことがよ~~~くわかりました。
そして、原因はいつも自分の中にあるということも。

その後、別の2人を交えて少しだけ短い瞑想。
今度は短いマントラを唱えて静かに座るだけ。また別の人が加わることで、さっき
とは違う時間を堪能できました◎

親切

これもおすすめ本「禅語」です☆


ワタシがやっていることをあえて分けるとするならば、大きな意味での
健康予防という分野になるのか、と。
自分自身をケアする、病になる前に予防する、そのためのものであり
ココロもカラダも食事も運動も日々の生活もすべてで、そのことを自分
も含めて皆さんと一緒にやっていく、そんな感じでしょうか。
でも、治療家という方は本当にいるのです。
私自身もカラダのメンテナンスは定期的に治療家の方にお願いしてい
ます。その方達は、何よりも自分のことは二の次で相手のためだけに
頑張っていらっしゃって本当に頭が下がるのです。

一昨日、やはりその道を目指し勉強している方とお話ししていたら
「今の親切が10年後の迷惑にならないようにする」ことを心掛けている
と聞いて感動しました。
人には常に変化しているし、タイミングもあり、性格なども違います。
ついつい良かれと思ってあれもこれも施しても、その人のタイミングやら
その他もろもろを理解したうえで施さないと、人によっては10年後に迷惑
になるのだと。
私自身も貧乏性だからか、レッスンの際についあれもこれもと詰めこんで
しまう傾向にありますが(せっかく来て頂いたんだからという思いもあり)、
これは実は逆効果だったのです。よほどのことがない限り、一度のレッスン
で変わることは出来ないし、何十年もかかって今のカラダやココロに到る
のを一瞬で変えてしまう様なことは逆に良くないのでは、と。
結果でなく、その過程を大切にゆっくり時間を掛けて取り組んでいくことが
ワタシのやっていくべくメソッドなのだと、改めて痛感させられました。
そんなことを考えていた日に読んでいた本「禅語」の中で親切についての
項があったので抜粋します。

 親切、という言葉はとても一般的だ。
これが「道にしたくねんごろである」という意味だとはまったく知らなかった。
道、つまり仏の道に近いことをするのを「親切」というのだ。
親切にする、ということは、相手のために何かをするというより、自分の生
きる道に近づくための、自分が自分のためにする行為、というような言葉
の意味なのだ。
                          < 禅語 著:石井ゆかり >より


そして「癒し」という言葉についても同様に考えされられました。
いわゆる?癒し系という職業について10数年。会社員を経てこの世界に入り
ましたが、占星術でもヒーラーの方からも「あなたは癒し系の職がいい」と言
われ(その時点ですでにこの業界)今は納得です。
この「癒し」という言葉の意味も、「親切」に通じるなぁ、と感じます。
だから「癒しフェア」とかにも出たわけで(笑)。
9/28出版の雑誌TRINITY(酒井法子さん表紙)に、ロータス@ロータスの史子
さんと共に小さな掲載があるので、サラリと見て下さい。
くれぐれも叶姉妹とお間違えないように!

おすすめ本


この本を初めて読んだとき、こういう働き方があるんだ!とすごく感激しました。
生活力とは?についても深く考えさせれました。
突然また読みたくなり、この本を読み返し、私自身が回りに流せれてあおられて
危うく見失う手前だったなぁ~、としみじみしました。

著者が自ら言っているけれど、時代と逆をいき、すべての人に向いていない、と
いうこと。
でも、ワタシはこの本と出会えたことで自分の選択肢が増えたことは事実。
ふわふわと表面的だけじゃない、土着な感じがして、勇気をもらいました!


 ~~~ 今日の名言 ~~~ 「暮らしの手帳」創刊者 花森安治氏
生活をおろそかにした結果として戦争がおこった、
 だから自分は生活を大事にするために雑誌をつくった。