自分と向合う

本日のお弁当♪
ごぼうの炊き込みご飯+南瓜煮+プルーン
緑色の物がなくて残念。
癒し系のお仕事に興味があるということで、先日ある音楽プロデューサーの
方とお話しする機会がありました。
その中で、「たくさんの人が占いに行くのは、自分と向合いたいから」という
ようなことをおっしゃっていまししたが、ワタシとYOGA友の間では逆の発想で
「自分と向合いたくないから、占いに行くんじゃないか」となります。
責任を自分以外に向けたいから、占いや他の諸々に行く・・・・・。
自分に向合う作業は、時には辛く苦しく本当に逃げ出したくなることの連続です。
ワタシもかつて国内外で様々なセラピーを受けてきました。
びっくりするほど自分の嫌な面が出てきたり、人からしてもらったことの数えきれ
ないほどの恩恵をすっかり忘れていたり、それでも受け入れられなかったり・・・、
自分が分からなくなることも多々ありました。
今現在はかつての自分と比べると、客観的な見方が少しだけマシになってきた
かなぁ~と思います。本当にかつてのワタシは酷かったですから(涙)。

この「自分と向合う」がずーっと引っかかって、昨日も友達とこれをテーマ!?話し
をしたくらいです。でも何故この言葉に引っかかっていたのか、今朝 日記を書い
ていて「!」と分かったのです。
ワタシは趣味で書道を習っています。YOGAという生き方を実践するために、「道」
のつくものが何かやりたくて始めました。上手い下手とかじゃなくて、今の自分自身
が書にそのまま反映されてしまう、隠しようもないほどに。
11月に師範の試験を受けるつもりで準備をしてきましたが、先週あたまからずっと
書けば書くほどわからなくなり完全に自分を見失っていました。週末、先生のところ
で他の人の作品を目の当たりにし、更に凹む悪循環。同じ字を同じ紙・同じ墨・同じ
筆で書いても十人十色、その人が表れます。
師範を取ることを焦っていたわけでもないのですが、少しづつ欲が出てきたのか、
形に捕らわれ、かすれに捕らわれ、うわべだけの書道になっていて、書いていても
楽しくもなければやっつけ仕事のようにただ書くだけ、そんな半月になっていました。
自分を完全に見失い、目的と手段をはき違え、なによりも自分と向合うことから目を
そらしていました。悲しいかな、そのことに気付いたのは今朝でした。
必然にも(この世に偶然はないので!)、書道の大先輩であり人生の大先輩である
方から、いっときじっくりと書と向合うことの大切さが今後どれだけ大切か!という事
と、より実践的な書のアドバイスをメールでもらい有難くちょうだいしました。

これから「自分と向合う時間の書道」タイムです。
でも、大丈夫たぶん。